タイ一人旅で気づいた「人生に無駄が足りない」ということ

タイ一人旅の始まり
初めての旅は21歳の頃だった。地元の先輩からもらった「太陽と風のダンス」にやられたのだ。
うわっ、なんて面白そうな世界を生きているのだろう。
当時、俺には本が光って見えていた。読み終わった後の「これだ!!」感は全ての退屈を吹っ飛ばしてくれた。新しく世界が広がったように思えた。
「どこかに行きたい!」と有り余るエネルギーでもって速攻で準備して金を貯め、オーストラリアはニンビンに行ったのが始まりだった。例にならい、友達を誘って2人旅だった。
不思議とアジアオセアニア地域に惹かれた。
今になって思うと、サッカーのせいだろうと思う。ガキの頃、俺はサッカー少年だった。ワールドカップを楽しみに見ていた。サッカーワールドカップ予選で日本代表はアジアオセアニア地域で戦うんだけど、馴染みがある場所を本能的に選んだのかな。あのときは近いから、そんな感じで選んだようなきもしていたけれど、思い返せばサッカーのせいだろうと思っている。…2回同じ事を言ってしまったことにお気づきだろうか?ここはあえてこのまま話を進めよう。
2人旅は続き同年、タイのパンガン島にも行き、ますます旅にのめり込んでいった。数年後にはインドのゴア。人生最大のサイケデリックスは世界の美しさ、すべてはつながっている。と感じる強烈な体験だった。

さて、38歳になった今、結局旅に戻ってきてしまった。日本社会で長期の旅なんて言ったら、それはもう、それはもうである。社会不適合者。俺に限って言えば、誰かの助け無しには生きていけないほどのか弱い存在である。
精一杯強がってはいる。
2022年、久しぶりにした旅はタイはバンコク、きっかけはタイのガンジャ合法化である。世界はまだコロナ時期だった。少し緩くなったきた頃だったと思う。
世界が変わって行く、アジア最先端を見たかった。俺にとってはタイだった。「もはや1番進んでんじゃん!」と。
ありがてぇ。世界が俺に寄ってきたと本当に思った。そこからは毎年、暮らすように旅を続ける為に、日本とタイを行ったり来たり、行ったり来たり。こうなると出てくる熱い思い。
タイに住みたい。タイで暮らしたい。
これである。ズバリ行って俺に積み上げたものなんてなんにもない。無知で何者でもない。何ができるかも分からない。分からない事だらけで、それでもなんとかなるだろう。と圧倒的な楽観主義者の自分に少し戸惑いはしたが、本能のままに。もう本当にやりたい事をやろう。と開き直ってしまったのだ。人生の中心に旅を置きたい。と20代前半頃思っていた事が、まさか30代後半でこうなるとはね。
そして2026年、今俺はバンコクに暮らしている。移住とは言えない。長期滞在者、見習いであるが、なんともなんとも。
人生は奇妙である。
タイ穴場のローカルビーチタウンで何もしないということ
2025年、俺はタイ南部を旅していた。ハートヤイから始まりバンコクまで、いくつかの都市を回る途中、プラチュワップキーリーカンというローカルなビーチタウンに立ち寄った。
6月だった。鉄道を降りると小さなレトロな駅。田舎で観光地化され過ぎていない静かで小さな町だ。駅前に停まっていたバイクタクシーに地図を見せてゲストハウスへ。風が気持ち良く、少し走ると誰もいないビーチが見えた。

海の目の前に建つ小さなゲストハウス。一階は不定期でオープンするカフェになっている。今日は休みのようだ。外席には灰皿が置かれている。チェックインして通された部屋のドアを開けると、窓の向こうにそのまま海が広がっていた。波は穏やかでキラキラと光が反射していた。ベランダには木の椅子と机。やたらと贅沢な気分である。
ふぅ、とひと息。
ベランダの椅子に座って本を数ページ読む。視線が海に流れる。また読む。フルーツを食べる。波の音を聞く。海を眺める。スクーターが通り過ぎる。何かをしなきゃ、なんて都会な慌ただしさとは無縁で気持ちもゆっくりとほどけてゆく。
観光もせず、いつの間にか、夜は早く眠りにつく。
朝5時半、波の音で目が覚める。ベランダに出ると、雲の隙間から差し込む光。今日が始まろうとしていた。犬を散歩させる人、ジョギングをする人、漁に出ている船。時間はゆっくりと流れている。俺は朝日が好きだ。幻想的で、不思議なエナジーを貰える。
昼はたまった洗濯物を持ってコインランドリーへ行き、洗濯機の使い方を隣のおばちゃんに教わる。ぱっと見はおじちゃん。
待っている間に飯を食べる。昔みたいに携帯はしまい、情報を入れないで行き当たりばったり。あえてそんな旅をしてみるのも良いかもしれない。タイにいる間に、そんな縛りのある旅に挑戦してみようと思った。
寄り道、まわり道を増やすと、世界は少し自由になる。急いでいる時には見えないものが、途中には落ちている。あれをしないと、これをしないと、と頭の中がうるさく休まらない日々。今をのんびりと。ずっと都会で暮らしていると、そんな時間を忘れていることがある。朝起きて自然と感謝を感じるような、ゆとりや余白を。俺は1人の時間でもってそういうことを補充しなおしているのかもしれない。
それが自然の中で、静かな場所なら。
プラチュワップキーリーカンはタイの田舎で観光客も少ない、穴場のビーチタウンだった。
何もしない。
ここでは、せかせかとする奴の方が変わり者だ。
今を生きるヒッピー思想
ヒッピーに憧れて旅をしていた頃がある。
あの頃、携帯はほとんど使っていなかった。海外でSIMを買うなんて発想もない。連絡が取れなくても、それが普通だった。
ネパールの夜、ゲストハウスのオーナーに連れられ、ローカルなカラオケバーに行ったことがある。場末の、田舎で昭和を感じるような場所で、同じ宿の白人も数人一緒だった。客はほとんどいない。赤い照明が古く埃っぽい絨毯と壁を照らしていた。
ビールを一本飲み終わる頃には「帰るか」と全員が顔を見合わせていた。俺達にローカルな夜遊びを見せたかったみたいだけれど、お世辞にも楽しいとは思えない場所だった。肩を少し落として支払いをする宿のオーナーに俺は「まぁまぁまぁ」と肩を叩くことしかできなかった。
宿に戻ると、やけに広い空には沢山の星。都会っ子の俺には、こっちの方が贅沢だった。写真も撮っていない、面白かった訳でもない、それでもあの夜のことをよく覚えている。
かつてのヒッピーみたいに、アナログな旅も今では難しい。でもバランスを取る事はできる。不便は今の濃度を上げる、便利は可能性を広げる。どちらも経験できた俺は、いい時代に生まれてきた。そんな気がしている。
ヒッピー的思想は現代でもひっそりと息をしている。それはデジタルデトックスだったり、ミニマリストだったり、マインドフルネスだったり。自由と社会は水と油のような気もするが、全てはつながっていて、依存しあっている。
内面から自由を取り戻す必要があると考え、意識改革と自己探究、従来の価値観からの脱却を唱えたヒッピー達の紡いだ物語は今、個人が自由な位置を選べる為の土壌となったのではないだろうか。

人生に無駄な余白をつくる(あとがき)
昔はバイトをして、数十万貯まるとアジアへ逃げた。ヨーロッパ?高い。アメリカ?遠い。中南米?ロマンはあるけど現実的じゃない。
結局アジアだった。
そして今はタイだ。好きになりすぎた。丁度良すぎた。
今の夢の一つは「タイ全77県制覇」。
まだまだ先は長い。
2026年、俺はバンコクでカリカリとタイ語を勉強し、EDビザで首の皮一枚つなげて滞在している。 ブログで稼ぐという夢を追って5年目。Googleアドセンスの初振込は8000円。一回こっきり。「まてまてまて」と自分に言う。
俺はタイを拠点に暮らしたい。


ここ数年、学ぶことは全部新しい。タイ語も、ブログも、ビザの仕組みも、海外生活も。できることが増えると、やりたいことも増える。すると今度は時間が足りなくなる。人生は短い。なぜか強烈にそう思う。前世で若くして死んだのか?と思うほど焦ることもある。でもたぶん理由はシンプルだ。可能性が増えすぎたからだ。
やれることが増えると、全部やりたくなる。
それで時間が足りなくなる。
常に成果を追う思考。常に何かを生み出そうとする姿勢。それも大事だ。でも、何もしない時間、無駄に見える時間こそ、人生の厚みを作っている。
俺たちは「無駄を削る」方向に進みすぎた。
でも本当は逆だ。人生にはもっと無駄が必要だ。効率よく生きるのではなく、余白をつくるために生きる。朝日を浴びて『ありがてぇ』と笑える余裕があれば、そこから新しい物語は何度でも始まる。
タイ一人旅で俺が気づいたのは、たぶんそれだ。
長い旅に出れなくても、携帯を閉じて、公園でもハイキングでも何でもいい。1人だけの時間でもって損得や正解を捨て童心を取り戻す。「ただ楽しいから」それだけで十分じゃないか。
「旅はまだまだ続く〜」

