サクヤン(SakYant)入門|初めての不安と最初の手引き

はじめに

タイの路地裏、暑く湿った空気の中に漂う線香の匂い。教えられるがまま、手を合わせ、後に続きマントラを唱えた。

アチャーン(先生)の静かな姿と、鈍く光る仏像…。

多くの人がサクヤン(SakYant)を最初に知るのは、その独特なデザインの美しさからだろう。あるいは、タイという国への尽きない興味や、Tattooという文化を覗こうとする探求心からかもしれない。しかし、その門を叩こうとする時、誰しもがサクヤンのユニークな文化に思うはずだ。

サクヤンとは…どこで本物のサクヤンを授かれるのだろう。

現在、2人のタイローカルと共に**「RoninSakYant」**という試みを始めた。

これは、かつての俺がそうであったように、サクヤンという神秘のベールに包まれた文化に惹かれながらも、その一歩のハードルが高いと感じる方達へ。本物の伝統へ安全にアクセスできる「橋」を架ける活動である。

ロゴマーク

サクヤンとは

サクヤンに惹かれるとき、そこには特別な理由があるはずである。新しい挑戦、または漠然とした将来への不安、あるいは過去の自分からの脱皮。

そんな人生の転換期に、人は目に見えない守護を求めるのかもしれない。サクヤンはTattooの源流をそのまま現代に引き継いでいる文化である。辿れば古来から人類は保護を目的として体に墨を刻んできた。加護や魔除け、不思議な力が宿ると信じられてきた。現在もお坊さんやアチャーン、マスターが祈りと共に施すサクヤンはTattoo本来のコンセプトを変わらず、地のままで行っている。

俺自身、もともとTattooは体に施される唯一無二の芸術。アートの最上だと思っていた。一方で、ばーちゃんの影響から昔から寺社仏閣が好きだった。宗教と美術は対である。

さらにタイの主な仏教、ヒンドゥー教、アミニズム、共存や調和が根底にある。日本では八百万の神なんて言葉があるように、世界観はとても近く暮らしに身近な存在なのだ。

お坊さんやマスターが祈りと共に施すサクヤンに惹かれたのは、俺にとって必然だったのかもしれない。

サクヤンの根底には、授かった者は「善い人間であること」を心がけるべきという教えがある。それは、より良い人生を歩むための救いや支え、あるいは自分を律するための「指標」なのだ。道徳的にポジティブな行いを積み重ねることで、世界を良くしていこう。サクヤンは、そんな生き方の宣言でもあるのだ。

初めてのサクヤンと意味

初めての不安

どれほど惹かれていても、いざ考えてみると現実的な不安が頭を悩ます。

言葉の壁、儀式の作法、そして衛生面。

初めてサクヤンを授かったのは、久しぶりにタイの地を踏んだ時だった。

「今、ついに縁が来たな」という確信があった。これから自分はどう生きたいのか。何にワクワクし、何を楽しめるのか。人生をさらに良くするために、今の自分に何が必要だろか。当時、そんなことを考えていた事を思い出す。

サクヤンを。それはある種、生まれ変わりの儀式だったような気がしている。

当時、英語の通訳を介してアチャーンと対話を重ねた。今の自分の内面を晒し、授かる図柄が持つ意味を聞き、伝統に沿って進めていく。この「問答」を経て、このプロセスこそが、サクヤンの醍醐味である。

初めての場合、特に俺はデザインをマスターに決めてもらう事をお薦めしている。そして彫る位置は背中から始めるのが一般的である。体のどこに何を彫り、順番や配置の仕方など本来色々な決まり事があるのだ。

しかし時代の流れとともに変化することもある。例えば観光客向けの背中一面一発仕上などもあるが、個人的にはお薦めしていない。

型破りにならないよう、伝統に沿って進めていくのが良いと思っている。

初めてのサクヤンで通訳をしてくれた彼が自分にしてくれたように、コミュニケーションや師への挨拶、お布施の渡し方。不慣れな作法も、初めての不安、なぜサクヤンを授かりたいのか、今度は俺が縁を繋げたらと思っている。

超自然的力の前では正直、個人としては、衛生面をそこまで大きな問題だとは考えていなかった。だが、初めて挑むあなたがそこにブレーキを感じるのは当然だ。

儀式に没入できる環境を感じてほしい。

だからこそ、Roninsakyantが提供する経験では、ニードルの使い捨てと消毒といった現代的な安心をシステムとして組み込めるようにしている。

サクヤンの戒律

サクヤンは「入れて終わり」ではない。授かった後の日常こそが本番である。アチャーンから授かる「最初の手引き」には、いくつかの規律が含まれている。

身体を労わる(アフターケア)施術後数日間は石鹸を使わず水のみで洗い、肌を休ませる。また、前後数日はアルコールを断つことが望ましい。

そしてサクヤンには戒律がある。

両親や恩人を敬い、決して罵らないこと。盗み、不倫、過度な飲酒や違法薬物。悪意のある嘘や不道徳な行いをしないこと。

抽象的ではあるが、簡単に言うと良い人間であること心掛けて生きていきましょうと言うことである。

悪い行いは授かった加護の効力を弱めていく。

日々のマントラ(呪文)を復唱し、これらの規律を意識して善い行いを積み重ねる。そうすることで、皮膚に刻まれたサクヤンはあなたを守り導くだろう。

おわりに

RoninSakYantのWebサイト完成には、まだ少し時間を要する。

そのため、現在は公式LINEを通じて、サクヤンに関する相談や質問をオープンに受け付けている。今の自分にはどんなサクヤンがふさわしいか。痛みは?またアチャーンによって、オイルを使った後に残らないサクヤンと儀式もある。どんな些細な問いでも構わない。まとまらない言葉も、そのままに預けてほしい。

あなたが縁を感じたのならその直感を。

サクヤンはあなたにとって神秘的で特別な経験になりうるかもしれない。

ちょい!フォローしとけば?